妙顕寺とは

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第六十八世 伝燈沙門でんとうしゃもん 本地院日周ほんじいんにっしゅう

当山は、天皇の在住されている京の都に建立された最初の法華道場であります。法華経とは釈尊の真意の教えが説かれた経典であります。鎌倉時代に生まれた日蓮聖人は「南無妙法蓮華経」のお題目を唱え、この教えの具現を目指しました。孫弟子である日像上人は日蓮聖人の御意思を継承し、ここ京都において当山を開創し、時の後醍醐天皇の祈願寺としてのご許可(綸旨)を受け、宗派として公認されました。以降、当山は北陸・関西・中国・九州の地域への布教の中心として現在に至っております。当山とともに法華経信仰とお題目を拠り所として生きた人々は、数々の困難を乗り越え、幸せをいただいてまいりました。現今も国内外を問わず世界では諸々の難事が多発しております。当山を訪れることで法華経に触れ、お題目によってご多幸が訪れることを切に願っております。

住職の名前住職の名前

年間行事

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一月 第二日曜日

二月 節分

二月 二の午

四月 八日

四月 十四日

五月 八日

六月 二日

六月 十六日

八月 十日

十月 十三日

十一月 十三日

十一月 十四日

十二月 八日

十二月 三十一日

※毎月8日午後2時より八日講を厳修いたしております。
八日講とは、鬼子母神の縁日である毎月8日に、鬼子母神堂にて「日蓮宗 百日大荒行」を修めた修法師による御祈祷会を行うことです。

※時間や日時が変更になることがあります。
詳しくはお問い合わせください。

境 内

季節ごとに表情を変える境内には、大本堂をはじめ、4つの庭園や勅使門など、数多くの見どころがございます。

大本堂

大本堂

京都でも屈指の大きさを誇る十五間四面(27メートル四方)の大堂。天正十一年(1583年)に豊臣秀吉の都市計画の一環として現在の地に移転した妙顕寺は、天明八年(1788年)の「天明の大火」と呼ばれる大火災でそのほとんどが焼失しました。しかしその重要性から、その後まもなく復興。今日に至るまで、その姿を変えることなく残しています。

総門

総 門

妙顕寺正面にある大門。いつでもお参りできるよう、閉門することなく常に開門しております。隣には車も通行できる小門があります。

鬼子母神堂

鬼子母神堂

またの名を尊神堂(そんじんどう)と言います。鬼子母神は安産や子どもの発育をお守りいただける子易の神さまとして祀られています。当山の鬼子母神像は歴代天皇の祈願をうけたことから、天拝鬼子母神と呼ばれています。

三菩薩堂

三菩薩堂

祖師堂に位置づけられる大堂。延文三年(1358年)、朝廷より雨乞い祈祷の依頼を受けた二世大覚妙実上人。その功績を称えられ日蓮聖人には「大菩薩号」、日朗・日像上人には「菩薩号」、大覚には「大僧正」の位を後光厳天皇より賜り、その際このお堂も建てられました。日蓮、日朗、日像、大覚の御像が祀られ、天明の大火直後に仮本堂として再建されました。

御真骨堂

御真骨堂

正式名称は鍾真窟(しょうしんくつ)。三菩薩である、日蓮大菩薩・日朗菩薩・日像菩薩の三祖の遺骨をお祀りしています。

納骨堂

納骨堂

どなたでもお骨を納めることができるお堂。納められた皆様のご命日には朝のお勤めでご回向させて頂きます。またお申し込みされた方の卒塔婆も建立しております。

慶中稲荷大菩薩

慶中稲荷大菩薩

もとは御所に祀られ、当山に移されたとされる慶中稲荷大菩薩です。宮中の女官を中心に信仰を集めていたお稲荷様です。

観世音菩薩

観世音菩薩

観音様という呼ばれ方で有名。世間の人々の救いを求める声を聞き救済するとされている菩薩様です。

北辰妙見大菩薩

北辰妙見大菩薩

妙見様と呼ばれることが多い。国を守り、災いをなくし、人々の福寿を増すと言われている菩薩様です。

鐘楼堂

鐘楼堂

正徳三年(1713年)鋳造。鐘楼堂は天明の大火焼失後再建されたものです。昭和四十年(1965年)大門の東隅から、五重塔があった現在の地に移築。毎夕5時と除夜の鐘の際に鐘撞を行っております。

龍神池

龍神池

延文二年(1357年)の京都大旱魃のとき、大覚妙実上人の雨乞い祈祷の際、現れた八房大龍神(はちふさだいりゅうじん)を祀っています。八本の角と尾をもっているとされています。

方丈

方丈

お客様を迎え入れる伽藍(がらん)の一つ。また、僧侶の居住する場所です。拝観やご朱印の受付、物品販売等もこちらで行っております。

大玄関

大玄関

普段は使用せず、行事などの特別な時に大切なお客さまをお迎えする玄関です。

抱一曲水の庭

抱一曲水の庭

赤松・モミジ・椿・草花・杉苔、そして僧侶が寒中修行する行場の井戸と修行石(平らな石)、そこを源流とする川流れで庭が構成されています。当山所蔵の酒井抱一作「観世音図」にちなんで、アオイ・アジサイ・マツモトセンノウ・カワラナデシコ・ヤマユリ・春のアヤメ・開花期の長いキキョウ等を植え、春から秋まで花が咲き、晩秋には紅葉も楽しめます。妙顕寺は街の中ではありますが、静寂な場所であり、庭に水琴窟を設け、その音色に耳を傾けると心癒される雅な庭です。

書院

書院

もとは、僧侶の居間兼書斎でした。行事の際の接待などにも使われます。展示会などのイベントスペースとしてもお使いいただけます。

孟宗竹の坪庭

孟宗竹の坪庭

小さいながらも風情があり、苔と竹の青々しさが清涼感を感じさせてくれるお庭です。当山所蔵の尾形光琳作「寿老(じゅろう)松竹梅図」になぞらえて作られたのではないかと言われています。毎年、新しい竹が生えるので場所や形が異なります。以前、ネスカフェのCMの背景にも使われたことがあります。

奥書院

奥書院

お寺の奥にある書院。普段は使用せず、大切なお客さまの控室などに使います。

宝物殿

宝物殿

宝物を管理し、定期的に一般の方にむけて開放しています。

光琳曲水の庭

光琳曲水の庭

尾形光琳とは江戸時代に活躍した画家のことです。尾形家は妙顕寺の檀家でした。文献には尾形光琳が設計したお庭があったと記されてありますが、天明の大火によって焼失しました。現在のお庭は尾形光琳の作品を模して造られています。大きな赤松を中心に川の流れる様子を曲水として表現しています。中央の赤松の樹齢が約400年、手前の黒松が約200年とされています。

宿坊のお部屋

宿坊

お寺の朝のお勤めに参拝する為、一般の方が宿泊するためのお部屋です。

仏殿

仏殿

大客殿内の中央にある、お釈迦様を安置し礼拝するためのお堂で、併せて妙顕寺歴代を祀っています。お参りされた際、このお堂でお線香をお供えすることができます。

大客殿

大客殿

お客さまを接待するための建物です。展示会などのイベントスペースとしてもお使いいただけます。

四海唱導の庭

四海唱導の庭

こちらの庭は勅使門に面し、朝廷や皇室などの貴人を迎えるための庭となっています。「四海唱導」とは、世界中のあらゆる人々を法華経の教えに導き、その功徳によって人々を救うという意味が込められています。それを表したのがこのお庭です。左奥の三つの石組みは滝を表し、滝から流れ落ちた水が白砂で表した大海へと広がっている様子を表しています。

勅使門

勅使門

勅使門とは天皇家の方だけが通れる門であり、妙顕寺は建武元年(1334年)、後醍醐天皇に宗門最初の勅願寺に認められた際に建立、今でも残っています。天明の大火で焼失後も同じ場所に再建。現在は皇族の方がお参りに来られた際にのみ開門します。

寿福院塔

寿福院塔

前田利家の側室である寿福院日栄が自らの来世の冥福を祈り建てた逆襲の石塔です。寿福院日栄は日蓮宗の大寄進者であり、建立した石塔が各地に残っています。

光琳顕彰碑

光琳顕彰碑

以前に尾形光琳の墓碑があった場所です。平成二十七年(2015年)6月、琳派400年と尾形光琳300回忌の際に顕彰碑を建てました。

釈迦堂

釈迦堂

妙顕寺墓地内には釈迦堂があり、大きな釈迦如来坐像と千体仏(せんたいぶつ)を安置しています。千体仏とは、一つの場所に1000体もしくは1000体に擬した多数の小さな仏像を彫刻したり、描いたりしたものを言います。墓地内ではありますがどなたでもお参りいただけます。